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前頭前野は、記憶や感情の制御、行動の抑制等の高度な精神活動を司っている

2022年12月16日

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脳の感情抑制機能の低下について

村田特任教授のシルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第131回の「年を取って涙もろくなったのは感情の抑制機能が低下したから」は、SAカレッジサイトでよく読まれている人気の記事のひとつです。また、関連した記事として東北大学が発刊している広報誌「まなびの杜」No.17 特集「脳科学レポート 脳を知り、脳を守り、脳を育て」に掲載されている川島隆太教授の記事があります。(以下抜粋)


 

年を取ると涙もろくなる本当の理由は?

シルバー産業新聞 連載「半歩先の団塊・シニアビジネス」第131回より)

最近、涙もろくなったと訴える中高年が多い。

「朝のテレビドラマを見ると感情移入しやすいのか、必ず涙ぐむの」

「先日映画を見たら冒頭から涙があふれ出て、最後まで止まらなかった。年を取ったら感受性が豊かになったみたい」

こういう話は特に50代、60代の人からよく聞かれる。

しかし、年を取ると涙もろくなるのは、感情移入しやすくなったのでも、感受性が豊かになったのでもない。

大脳の中枢の機能低下が真の理由だ。

「背外側前頭前野」と呼ばれる部位が脳全体の司令塔となり、記憶や学習、行動や感情を制御している。

涙もろくなったのは、この部位が担っている感情の抑制機能が低下したからだ。

 

なぜ、高齢社会では「暴走老人」が増えるのか?

また「キレる高齢者」も目立つ。

携帯電話店で若い店員に突然怒鳴り始めたり、駅や病院で暴言を吐いて乱暴に振る舞ったりする高齢者を時々見かける。

2016年版『犯罪白書』によれば、20年前と比べて高齢者の「暴行」は49倍に増加している。

こうした「暴走老人」の増加も、背外側前頭前野の機能低下により、感情を抑制できない高齢者が増えたためだ。

この部位の中核機能の一つに「作動記憶」がある。

これは短時間に情報を保持し、処理する能力で、その容量は加齢とともに減少する。

これが感情の抑制機能を低下させるのだ。

 

会話に「あれ」「これ」「それ」が増えたらご用心

一方、誰かにあいさつされても名前が出てこない、会話の中で俳優や歌手の名前などの固有名詞がぱっと思い出せないといった具合。

「あれ」「これ」「それ」といった指示代名詞を会話の中で多用するようにもなる。
これらの「物忘れ」は過去に経験した記憶を脳の貯蔵庫(側頭葉下面など)から取り出す能力の低下によるものだ。

自分の行動や新しい情報を脳に記憶として書き込むのが苦手になることによる物忘れもある。

例えば何か考え事をしている最中に携帯電話にメールが入り、その返信をした後、先ほどまで何を考えていたのか忘れてしまう。

これは記憶の書き込みをつかさどる背外側前頭前野の機能低下の症状である。
特に高齢期になると一般に新しいことをしたり、覚えたりするのが苦手になる。

例えば、省エネのために家電製品を買い替えようとしたが、あまりの多機能に気持ちが萎えて買い替え自体がおっくうになる、といった具合だ。
記憶の書き込み機能の低下に意欲の低下が加わり、より深刻な状態になったためだ。

若いころにパソコンを使っていない高齢者にスマホが一定割合以上普及しないのも、これが大きな理由だ。

 

脳の作動記憶容量を増やすトレーニングが有効

ここまで挙げた「感情の抑制機能の低下」「記憶の書き込み機能の低下」を食い止めるには脳の作動記憶容量を増やす脳トレが有効だ。

東北大学スマート・エイジング学際重点研究センターではセンター長の川島隆太教授を中心に民間企業との産学連携で、この作動記憶容量を増やすトレーニング手法を開発、商品化している。

その代表商品は任天堂3DS用ソフト「ものすごく脳を鍛える5分間の鬼トレーニング」、通称「鬼トレ」だ。

このソフトで作動記憶トレーニングを続けると記憶容量が増えるだけでなく、感情を抑制する力も強くなることがわかっている。
これに加えて脳の実行機能、予測や判断力、集中力も向上し、仕事や勉強の効率が上がったり、家事のスピードアップやスポーツが上達したり、様々な効果が期待される。

ちなみに、私が担当している東北大学スマート・エイジング・カレッジでは、こうした最先端の脳科学の知見を事業に役立てる場となっている。
「キレる高齢者」になりたくなければ、作動記憶量の脳トレをお勧めするとともに、SAC東京でその原理をきちんと知ることが役に立つだろう。(後略)

 


平成13年9月30日発行 東北大学広報誌「まなびの杜」No.17 「脳科学レポート 脳を知り、脳を守り、脳を育て」(文=川島隆太)より)

 

私たちが、見たり聞いたり動いたりできるのは、脳が働いているからです。

考える、これも脳の働きです。

今、この冊子を手に取って読んでいるのは、皆さんの脳が皆さんに命令をしているのです。

このような脳の働きを知り、最終的には脳と心の関係を解きあかそうとしているのが、脳科学と呼ばれる学問です。

最近では、生きている人間の脳の働きを、画像で見ることができるようになってきました。

その結果、私たちの脳を活発に働かせて、脳の老化を防いだり、脳を発達させたりするためには、どうしたらよいのかが、少しずつ明らかになってきました。

 

脳の中の脳、前頭前野

脳を健康に保ったり、脳を元気に発達させるためには、どうしたらよいでしょうか?

脳も身体の一部です。

身体の筋肉でしたら、毎日運動をして鍛えればよいと、すぐに考えつくと思います。

脳もまったく同じです。

脳をたくさん活発に働かせることで、元気で健康な脳を作ることができるのです。
脳は、大きな一つの塊ではなく、異なった機能を持ついくつかの領域に分かれてます。

その中の1つに、額のすぐ後ろ、脳の前の方にある前頭前野(ぜんとうぜんや)と呼ばれる場所があります。

前頭前野は、記憶や感情の制御、行動の抑制など、さまざまな高度な精神活動を司っている、脳の中の脳とも呼ばれている重要な場所です。

実は、脳を健康に保ち、元気に発達させるためには、この前頭前野を常に刺激し、活性化させることが一番大切なことなのです。
それでは、私たちがこれまでに行ってきた「脳の働きをみる」研究の中から、私たちの前頭前野をたくさん活動させる作業は何であるかを、考えてみることにしましょう。

 

脳の働きをみる

近年、コンピュータ技術の発展に伴って、生きている人間の脳の形や働きを画像として観察することが可能になってきました。

脳の形をみる装置としては、MRIと呼ばれる装置やX線CTと呼ばれる装置が用いられています。

これらの装置を用いることにより、たとえば脳のどこに病気があるのか脳神経細胞がどの程度減少しているのか、を目で見ることができます。
脳の働きをみる装置としては、ポジトロンCTと呼ばれる装置や機能的MRIと呼ばれる装置があります。

これらの装置を用いると、人間が考えたり動いたりしている時の脳の働きや、脳神経細胞の働きの悪い場所の有無などを見ることができます。

これらの方法はいずれも、頭を開けて脳を直接観察したりする必要がないことから、非侵襲的方法と呼ばれています。
最近では、「脳の働きをみる」研究では、機能的MRIが主に使われています。

この方法は、磁石の力だけを使って脳の働きを画像で見る方法で、人体への悪影響がまったくないことから、成人だけではなく、子供たちの脳の働きをみる研究も可能としてくれました。
私たちは、健常な大学生を対象として、機能的MRIを用いて、さまざまな作業を行っている時の脳活動を計測してみました。

目を閉じてじっと考えている時には、前頭葉という所にある手足の運動を司る場所にのみ、強い活性化が認められました。

音楽を聴いている時には、側頭葉という所にある音を聞く時に働く場所(聴覚領域)だけが活性化をしめしました。

話し言葉を聞いている時には、前頭前野、聴覚領域を含む広範な側頭葉の領域、頭頂葉と呼ばれる所にある言葉の理解と関係のある場所が、左右両側の脳とも活性化していました。

足し算や引き算といった単純な計算を行っているときには、やはり左右両側半球の前頭前野、頭頂葉、ものを見る時に働く場所(後頭葉)が活性化しました。

文章を読んでいる時には、前頭前野、頭頂葉、側頭葉、後頭葉のさまざまな場所が、両側ともに活性化していました。

また、音読をするとこれらの活性化は、さらに強くなることがわかりました。

これらの実験から、文章を読んだり、計算をしたりすることが、前頭前野をとてもよく活性化するとの結論に達しました。

 

次にこれらの結果が、成人だけではなく、子供たちなど、他の年齢層の人にも当てはまるのかを確かめるために、小学生から五十代後半の大学教授まで対象を広げて、単純計算などを行わせてみましたが、すべての年齢層の方々で脳の働きかたに大きな違いがないことがわかりました。
私たちが、自分の意識の上でたくさん頭を使っていると感じることをするよりも、単純な計算や読書が脳をたくさん刺激してくれるという結果は、私自身にも予想外の結果でした。

学校での学習や勉強が脳を効率良く育ててくれていたのです。

私たちが意識の上でモニターしているよりも奥深いところで、脳は活発に働くようです。

これは、人間が、コミュニケーションの手段として言語を獲得し、さらに数の概念を獲得して文明社会を築いてきたことと、人類の発達と関係があるのではないかと考えています。

 

自分の脳を守り、育てる

これらの「脳の働きをみる」研究成果から、私たちは、自閉症をはじめとする認知発達障害を持つ子供たちに、読み書き計算といった基礎的な学習を行わせることによって、彼らの前頭前野を活性化し、さまざまな症状を改善するのではないかと考えました。

発達障害を持つ子供たちにとっては、成長した後に社会に出るために、他者とのコミュニケーション能力や身辺の自立が重要です。

これらの能力は主に前頭前野によって司られていることが、他の「脳の働きをみる」研究によりわかっています。
基礎的学習が、算数や国語といった個々の学習を進めるだけではなく、前頭前野を活性化する効果により、コミュニケーションや身辺自立能力を改善するとの仮説を証明するために、第一次調査として、自閉症の子供たちに、初等教育初期の学習を積極的に行わせている教育団体の協力を得て、子供たちのコミュニケーション能力、身辺自立の能力と学習の関係を調査しました。

その結果、わずかの症例の検討ではありましたが、算数学習が進むにつれて、言語的、非言語的コミュニケーション能力、食事や衣服の着脱といった身辺自立度が向上する傾向があることがわかりました。
また、現在、私たちは、高齢者介護施設の協力を得て、軽度の痴呆を伴う施設入所者を対象に読み書き計算の基礎的学習を行なわせて、対象者の日常生活動作や前頭前機能にどのような変化が生じるのかを検討し始めています。

最新の脳科学研究から得られた仮説が、実際に高齢者の脳の健康を維持・増進することに有用であることを証明していこうと考えています。
読書や計算が非常に効率的に脳、特に一番大切な前頭前野を活性化することから、たとえば毎日、新聞を小さな声で音読するなどの工夫が、高齢者の脳機能の低下を防ぐ、非常に簡便かつ有効な方法になるのではないかとも考えており、私たちはこれを脳のウェルネス運動として提唱をしています。

 


以上の記事は、平成13年9月30日発行の誌「まなびの杜」No.17に掲載されたものですが、その後の研究で、川島先生の仮説通りの結果が出ています。
東北大学が2006年から提唱している少子化・超高齢社会における新しい概念「スマート・エイジング」とは、「エイジングによる経年変化に賢く対処し、個人・社会が知的に成熟すること」と定義しています。

別の言い方では、個人は時間の経過とともに、たとえ高齢期になっても人間として成長でき、より賢くなれること社会はより賢明で持続的な構造に進化することを意味します。
日本の高齢化率は、2020年に約29%に達し、世界で類を見ない超高齢社会となっています。さらに高齢化率は2050年代には40%を超えると予測されており、このような超々高齢社会においても個人や社会が活力を維持するために「スマート・エイジング」は非常に大事であると考えています。

 

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