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公文教育研究会「学習療法・脳の健康教室」

2022年01月07日

どのような事例か?

 

学習療法とは、音読と計算を中心とする教材を用いた学習を、学習者と支援者がコミュニケーションをとりながら行うことにより、学習者の認知機能やコミュニケーション機能、身辺自立機能などの前頭前野機能の維持・改善を図るものです。

 

学習療法は、東北大学加齢医学研究所長の川島隆太教授、(株)公文教育研究会、および高齢者施設を運営する社会福祉法人・道海永寿会(第一期)、医療法人松田会(第二期)を研究フィールドとして開発されたものです。

 

公文教育研究会では、認知症の方の認知機能改善を目的としたプログラムを狭義の「学習療法」と呼び、健康な方の認知機能維持・認知症予防を目的としたプログラムを「脳の健康教室」と呼んでいます。

 

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注目すべき点は?

 

1.薬を使わない認知機能改善療法の分野でその効果が世界で初めて学術的に認められた点

 

2000年代初頭当時、介護施設において認知機能改善を目的とした多くの非薬物療法が取り組まれていました。しかし、従来の非薬物療法の問題点は、その療法が認知機能の改善に本当に有効であることの証拠となる科学的データがほとんど提出されていなかったことです。

 

これに対して、学習療法は、川島教授が発見した音読・手書き・簡単な計算が脳の多くの部位を活性化するという科学的事実に基づいて開発され、症状改善に有効であることの学術的検証データが2005年の米国老年学会誌(Journal of Gerontology)に研究論文として掲載されています。

 

ちなみに、この雑誌に掲載されるまで投稿後、通常2年はかかると言われていますが、この論文の場合、投稿後わずか一か月で掲載通知が届きました。学習療法がいかに世界から注目されたかを示すものと言えましょう。

 

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2.日本の多くの介護施設・高齢者住宅で導入され、介護の質の向上に大きく貢献している点

 

学習療法により改善するのは学習者の認知機能だけではありません。実は、支援者であるスタッフの意識も変わっていきます。

 

学習療法に取り組み、重度の認知症高齢者の認知機能が実際に改善することが目に見えてわかると、「認知症になった人でも、そこから戻ってくることができる」、「人間は最後の瞬間まで自分自身の可能性を追求できる存在である」ということを実感し、意識が変わってきます。

 

そして、「私が働きかけたことで、入居者さんの認知症がこんなに改善した。私でもこんな貢献ができるのだ」という達成感が得られ、前向きな自負心と責任感が生まれるのです。これがスタッフのやる気を生み出し、さらなる改善アクションに向かっていきます。

 

認知症高齢者と言っても、一人ひとりの認知レベルが違います。それに加えて、一人ひとり、それぞれに実は深い人生のドラマがあります。

 

目の前にいる高齢者を、「単に認知症で介護しなければならない高齢者」と見るのではなく、一人の人間としてきちんと向き合う機会があることで、これまで知らなかったその人の人生のドラマを知ることができるのです。このような体験を通じて介護スタッフが人間として成長できる点が、学習療法の奥深く優れた点です。

 

こうした「入居者」と「スタッフ」の「認知機能」や「関係性」の改善のキャッチボールが施設全体の雰囲気を改善し、マネジメントの質も向上していくという現象が全国の介護施設で現実に起こっています。施設の経営者にとって、この相乗効果が学習療法導入の最大のメリットと言えましょう。

 

3.海外諸国からの注目も高く、アメリカの10の州、24の高齢者施設でも導入された点


 2011年5月よりアメリカ オハイオ州クリーブランドにあるエライザ・ジェニングス・シニア・ケア・ネットワーク社が運営する高齢者施設で学習療法が始まりました。薬を使わない日本発の対認知症療法がアメリカで実施されたのは初めてのことです。これをきっかけに、学習療法はアメリカの10の州、24以上の高齢者施設で実施されるようになっています。

 

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アメリカでは認知症=アルツハイマー病というイメージが強いです。世論調査などでは中高年が恐れる病気のトップは、従来はがんだったのですが、近年はアルツハイマー病がトップに挙がるようになっています。にもかかわらず、アルツハイマー病は、まだその原因がよくわかっておらず、認可されている治療薬も限定的な効果しかありません。

 

このため、いったん、アルツハイマー病(つまり認知症)と診断されたら、もう、治癒することも改善することもなく、記憶を失い、自分で自分のことがわからなくなり、周囲に迷惑をかけて、あの世にいく、という先入観がかなり強いのです。日本のエーザイとバイオジェンによるアデュカヌマブという新薬が大きな話題になるのにはこうした背景があります。

 

2010年に全米初の説明会を開催した時、「これ(学習療法で認知症が改善すること)は本当か? もし、本当なら、これは天からの光だ」とアメリカ人の入居者から熱狂的に言われました。入居者とスタッフの予想外の大きな反響に驚き、熱狂する入居者を見て私たちも熱くなったことを今でも覚えています。入居者もスタッフも「希望」を求めていたのです。

 

ちなみに、アメリカでの導入の様子がドキュメンタリー映画「僕がジョンと呼ばれるまで(原題:Do you know what my name is? Bring back the light) 」になっており、今でも日本の介護施設等で上映されています。この映画はアメリカンドキュメンタリー映画祭で最優秀観客賞を受賞したほか、アカデミー賞にもノミネートされた初の邦画ドキュメンタリー映画になりました。

 

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産学共同で研究したメリットは?

 

1.実際の介護現場をフィールドとして学術的な仮説を検証し、商品化できた点

 

大学のラボで得られ実験結果を現場に適用してもうまくいかないことがよくあります。学習療法については、研究初期の段階から介護施設が参加し、常に研究者と現場の担当者とがコミュニケーションを密にして作業を進めました。

 

研究開始の2000年代初めは、まだ認知症が「痴呆(ちほう)」と呼ばれていた頃で、介護施設からみると大学や研究者という存在は敷居が高く、共同研究を行うなどと言う発想にすらならなかったのが普通でした。しかし、学習療法での共同研究をきっかけに、今では介護施設と大学との共同研究は当たり前のようになりました。

 

2.情緒的に陥りがちな介護現場に研究者が関与することで科学的なアプローチを導入できた点

 

学習療法は当時科学的アプローチの乏しかった介護現場に脳科学者が関与し、学術的エビデンスに基づいて認知機能改善プログラムを開発した初の事例です。

 

エビデンスの信憑性を高めるために当時は医薬品でしか行われていなかった無作為化対照試験(RCT)を認知機能改善プログラムに適用した初の事例でもあります。こうした科学的エビデンスに基づくアプローチの有効性が認知され、近年の厚労省の「エビデンスに基づく科学的介護」の政策に大きく影響を及ぼしました。

 

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学習療法について

スマートエイジングという生き方 (扶桑社新書)  川島 隆太 (), 村田 裕之 ()

親が70歳を過ぎたら読む本(ダイヤモンド社) 村田 裕之 ()

実践ソーシャルイノベーション - 知を価値に変えたコミュニティ・企業・NPO  野中 郁次郎 (), 廣瀬 文乃 (), 平田 透 ()